サトルさん、こんばんわ。

今日は心の中で静かに秘めていたことを少し語ってみたいと思います。

私が今から十七年前はじめて東大を意識して過去問を見たとき思ったことを一言で表すとしたら「へっ?」です。それまで東大の問題を意識して、見たらタブーだと見なかったのですが、(それはありったけの今までの積み重ねた学力を純粋に高めてたとえ東大の問題と言えども事前に見るなんて卑怯だろうという考えのもとにでした。)自分なりに決意して見てみるとこんなの反則じゃないの・・?

こんな問題答えられたって頭いいと言えるのかな・・でした。

東大はこの問題の解答はちゃんとあってそれを我々は知っているのですがあなたにはわかりますか?と言っています。十数年たって英語以外のすべてと言ってよい教科においてそれは変わっていません。

ズバリ言いましょう、東大の試験がたとえ満点だったとしてその人が頭が良いとはいえないと言うことです。

伝統的にまず普通の日常では体験して上達できないようなヘンな問題を無理やり押し付けるのです。そしてセンター満点の天才でもうちの問題正解しないと絶対通さないよとハッキリ言ってます。延々と毎年同じ歴史が続いています。毎年こんなすごい問題をつくるんだから過去の先輩方と同じように東大には従わなければなるまい。東大はきっとすごい避けては通れない関所のようなものなんだな。と言う東大圧勝の歴史を延々と日本人はご丁寧に続けているのです。一生で一度の最大の試練と思われる大学入試で幅をきかせれば恐いものなしで伝統的に日本の社会で汗水たらさず何もしてなくても食べていけます。つまり東大は独りよがりでもやってこれたということです。
東大を冷静に第三者の立場をとって分立して見る機構が日本には予備校はじめ全くないのです。
真面目に純粋に学問をしようと思っている人のニーズにマッチしているとは言えないということです。それどころかそういう人を簡単に言えば阻害しています。どんなにあなたが頭がよくてもこの問題に答えられないようではわれわれの方が上じゃないの?と言っているのと同じです。
東大は人の心をもてあそぶ事が上手と言うことです。


問題は全国に伝統的にはびこった東大卒業者の体質です。東大と言う共通点があるものを優遇するというつまらない縄張り意識です。

東大を近所のガキ大将と見て大人の立場から冷静に見る・・そして悪いところがあればたとえ東大といえども改めさせる位の社会でなければ永遠の輪廻のようにこの現象は続いてしまいます。

今までの要点を一言で言うなら幼いころから勉強で身を立てたいと懸命に勉強と一緒に生きてきた人間をうちは日本一だからとうちに受からないならやっぱりだめなんですと一方的に洗脳するのは簡単だということです。かなりな長文になりました。失礼します。





○○様

こんばんは、サトルです。
メールどうもありがとうございました。
東大生は必ずしも頭が良いわけではないというのは本当にその通りですね。
ぼく自身が頭がよくないので身にしみてわかります。
貴重なご意見を本当にどうもありがとうございました!

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